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長期放置のスクーターを整備している白石さんが、おわっっっ!と奇声。蟻の巣ができている、卵がいっぱいある、という目を背けたい事実を、淡々と掃除しているのを、決して近付こうとしな店主であります。^^
ありの巣ははじめてだねぇと、そんな会話があったのですが、けっしてぼくは近付きません^^オートバイを整備していると、ほんとめを背けたくなることが、結構あります。が、お仕事ですので、いや、事実ですので。
キクチさん、いつもですね、日記を楽しみにしていただいてうれしーーーーのです。楽しみにしてます、と、言われないと書かないぼくもぼくなのですが、先日もアサヌマさんっていう見た目反則のいい男からも、楽しみにしているといわれまして、、、。
見た目反則ってのは、んーーー要するに商品になる男。メディアでお仕事をされている、ぼくからすると、すごくピュアでハラハラしちゃうくらいの、、そう、アカシヤ蜂蜜国産品のピュア、なんです。ちょっとわかりにくいですねぇ。
ぼくは、「自分の言葉」で語るよりも「事実はなにか」というスタンス、立場で言葉を発するために、日米貿易摩擦くらいのフリクションを産む事がよくあります。ほんと、良くあります。
目を背けたくなる事というものは、事実を突き付けられた、村上ファンドのトップということでしょうか。事実を目の前にすると、それは背けたくなる訳です。
背けたいから、なにか理由をつける、なっとくする為に理由をつける。と、そこには事実がなくなってしまう。
ズボンのウエストのサイズがどんどんとおっきくなる、これが目を背けたくなる事実。自分に対しての事実、というものがぼくらは、目を背けたくなるということでしょうか。
偏りがある、それが当然普通ですが、なんていうか、一般庶民としては六本木ヒルズに住めるっていうのは、やっぱりなにかその人のなにかがある訳ではなくて、偏りがそこに至っているというか。
わかりやすくいうとですね、いい大学出ておっきなところに勤める、それはそれでもう偏りなんです。
人間の能力とは関係なく、我々は搾取される側にあり、向こうさんは搾取する側にあるということです。ちょっとね、ビールが回ってますので、丁寧な言葉がでてこないのですが。
カジガヤさん、偏りってのは、あれですよね、理不尽があるから偏りがあるって感じる訳で、明日食べるものの心配、いや、今日食べるものの心配をしたことがある人間には、偏りを感じる訳です。
でも、仕方ないんですよね、だから大きくみると偏りを感じてどうしようもない気分になるから、見える範囲を小さくしてみて、その小さい範囲で楽しく生きていければいいんじゃないかなぁって。
ま、ホームレスに話し掛けられちゃうとちょっと凹みますけどね、、仕方ないですよ、川崎ですから。ホームレスの人も偏りを感じつつ、日日生きているのかなぁって、、、。
※内容につきましては、大いに脚色がありますのであくまでの読み物程度として御考えください。
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