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そう時間が足りなくて足りなくて、いや、頭の組み立て方が悪くて前に進めないんじゃないかと焦りで満たされている店主です。
いろんな事を考える事が大好きなのですが、山登り部っていう人種が世の中にでると、使い物にならない、という統計があるとのことです。
山を登るということ、それはそこに山があるから登る、というのは正解ですが、山に登るということ自体に何かを見い出しているのではと考えてみました。
そう、勘のいい人ならお分かりです、必ずそこには、達成した、という達成感がある訳です。達成された満足感、爽快感、快感がある訳です。
ある方がいいました、ツーリングにいくならつまらないところにいこうよ!という言葉の意味の凄さに気がつかされます。達成感など人間を満たすものにならないよ、と、教えてくれたのでしょうか。
山に登る人は、自分で山を作りません。ある山を登る訳です。既存の目標をかかげ、そう絶対達成できる目標をかかげる訳です。
小学生の頃、ぼくは身体が弱くで、5年生だか4年生だか忘れましたけど、遠足で山登りがあって、みんなが達成できる山すら登れなかった記憶があります。
思い出すと、先生は、取りあえず宿までひとりで帰れという指示で、ひとりで宿に戻った記憶があります。いま思えば、すっげー指示だったなぁと。達成できる目標を持つ事は大切です。もちろん、達成できなければ、常に挫折を味わいながら生きていくしかならないからです。
そういう方には、リリジョンがお勧めです。目標を持たなくても生きていけるのです。迷わなくていいのです。得に所得の高い人と、所得の低い人が多くリリジョン(religion)に傾倒しているようです。
登頂できる山と、登頂できるかどうかわからない山と、両方をバランスよく組み立てて生きていくことが必要でしょうか。
毎日、お風呂にいって、散歩して、鶏さんと一緒の時間に寝て、そして日の出に起きる。それじゃ、なんだか意味がわからなくなってしまうのです。
※内容につきましては、大いに脚色がありますのであくまでの読み物程度として御考えください。
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