|
足の小指をモトグッチのぼっこいホイルにぶつけて、今日一日は歩く度にモトグッチが嫌いになりそうな店主です^^
ぼくには、どうしようも無いコンプレックスがあります。ぼくだけじゃないと思われるんですが、結構同じコンプレックスを持っている人が多いんじゃないかと。
今日、その答えがでたので、すっきりしました。20年は引きずっていたでしょうか。
昨日はアキタさんと6時間も二人で語ってしまったので、随分とぼくは頭が良くなりました^^。10代の時以来ですね、音楽の話しをまともにしたのは、、、しかも、かなり深い内容というか、外でなく中の話しを。
引きずり込まれますよ、ぼくは、どこまでも。などと、思いながら、楽しくお話をしたのでありました。音楽は常に自己分析と自己否定に一方通行でエネルギーが大きくなるものなので、危険ではあります。
ぼくには、学歴に対するコンプレックス(劣等感)が、ずっと大きくあります。食べたいものが食べたい、と言えなかった子供の自分を今思っても、親は辛かったのかな、とか、今となっては感謝であります。
世の中、なぜ学歴にコンプレックスを持つのか、というと、やはり世の中で、稼げる職業というものは学歴がないとなれないものなのです。
下俗的ではありますが、美味しいものを食べて、良い所に住んで、いいモノを着る。これは、どうしようもない欲求だと思われます。が、稼げる職業につけないと、それは実現することが不可能です。ひたすらにうらやましいと思うのが、一般人なのか、、ぼくも含めて。
アジア部品には、最高学府の大学院を出たお客様もいらっしゃいますし、すっげー学歴の人が多数いらっしゃいますが、嫌な感じとか全く受けないというか、とにかく人格者でもありますし、世の中の為にがんばってくれてる人間なんだなぁと感謝いたしております。
で、いろんな仕事があって、そんな稼げるのかぁと、え、それしかもらえないの、とかいろいろ情報が入ってくる訳です。大人になると。
で、そこで、なにか違うんじゃないか、と、ずっと感じていたもの。それは、能力があるからその仕事に就いていると言う訳ではないということ。
そこにどうしようもない憤りがコンプレックスとなる訳ですが、能力のある人が無駄にされているというか、なんていうか、やりたいやりたくないもあるでしょうが、やるべき人がやるべきところにいないという葛藤もぼくの頭を複雑にもしています。
世の中を動かす様な仕事に就いている人が、能力があるからその仕事をしているのではなく、学歴があるからその仕事に就いている。
だから、世の中としては、あり得ないような不思議な事がいっぱいおこってしまうんだと、はっ、と気が付いたのです。役人が、一流企業が、能力で人を選んでいないということに、世の中の矛盾がどんどん拡大する原因があるのだと。
ぼくがバイク便をやっていたころ、青山にある大手商社にお荷物を届けにいった時、他人の荷物は目の前で声を掛けても無視する(しかも同じフロアーで二人連続に、、、泣きそうになりましたが、、。)、というのが普通な様で、こんな人が、ちょー一流企業で、柿の木坂辺りに120坪の敷地に立派なお家を建てて住んでいるんだなぁと、、、。
人間性や能力とは別の次元で世の中が動いていることを学んだ出来事でもありましたけど。ある銀座の企業さんでは、おねえさまのスカートの短さに度胆を抜かれたこともありました。なんで、みんなあの短さ??(単に限界まで短いだけか、、、^^)社会勉強、、、メモメモ。
前置きが長くなりましたが、結論として、最初の選択が間違っている。選抜の仕方が間違っている。能力というものを計る事ができない為に、学力という数字であらわされるものに依存してしまいます。
結果、学歴が全てという世の中ができあがってしまった。なので、生きていく為(貧しく無く)には学歴が必要なんだと。目からウロコ。。でした。
気が付くのがおせーーよ!って突っ込みは、すみません、頭よくないんで御容赦ください^^
※内容につきましては、大いに脚色がありますのであくまでの読み物程度として御考えください。
|